よいビオトープにするには(小論)1999.9

自然生態系への配慮を志向する企業では、いま企業緑地のビオトープ化が注目されている。ビオトープとはドイツ語の生態学用語であり、ある生物が生息できる空間といった概念である。日本においても、緑地をそのような空間に変えていくことによって、生態学的な質を向上させようとする活動が盛んになりつつある。
しかしながら、企業の意気込みとはうらはらに、生態学の専門家からは不満の声が多い。
それは、簡潔に言えば、ビオトープ化にあたって

「時間的・空間的検討が不足している」

ことが、一番の理由である。
以下、企業緑地もふくめた日本におけるビオトープブームの課題について考えてみる。
(ご意見をお待ちしております。原口まで

(1)時間軸を考えた目標設定・計画が行われていない。

目標のビオトープに到達するためには、時間的な経過および自然遷移が必要なのであるが、実際には、竣工時に形ができあがっていることが重要視され、造成1,2年目にトンボやホタルが飛び、メダカが泳げば、成功としている。
ビオトープ計画にしても、従来の造園設計の手法に<ビオトープ的>なものを導入したものが多く、オブジェ的、装置的であり、地史的、生態学的な深みが感じられない。
こうしたものは、時間軸の目標がないために、適切な管理もされず、目標としていた生物種の生息数が減り、荒れていくものが多い。
本来であれば、先駆的な植生をまず復元して、時間をかけて遷移を促す手法をとることが望ましいと思われる。明治神宮の森造営のような時間軸の計画が必要である。

(2)時間軸にそった維持管理・モニタリングが行われていない。

自然は遷移していくものであり、目標とするビオトープに固定させるにしても、遷移に任せて目標を変更していくにしても、その時に応じた適切な管理をしていく必要があるが、そのためには、現状を把握するためのモニタリングが必須である。しかし、そうした活動を行っている例は少ない(京都の梅小路公園のビオトープ)。
こうした視点がないために、目標とする生物種の生息数が少なくなると、外から移入して体裁を整えるといったことがまかり通ってしまう。
維持管理と同等のモニタリングへの投資が必要である。

(3)ビオトープ計画の基盤となる計画や情報が不足している。

ビオトープ化を自然保護活動としてすすめるのであれば、その計画の基礎となる、ビオトープネットワークを考慮した土地利用計画図がなければならない。しかし、ビオトープネットワークに関する研究が不十分であることと、行政において横断的な検討が必要である「緑の基本計画」などの策定が形骸化しているために、ビオトープ計画の基盤となる計画がない。
また、生物学、生態学、地理学、地質学などの情報をできる限り集めて、対象地域のビオトープネットワークを想定し、個別のビオトープの計画に入ることが望ましいのであるが、安易に「トンボ、ホタル、メダカ」が目標種となっている例が多い。この背景には、生物情報の集積と情報開示がすすんでいない現実がある。過去のアセスメントの生物情報もやっと開示されつつあるので、徐々に改善されるかもしれない。ただ、現状においても、各分野の専門家の知恵をもっと借りるような努力が必要である。

(4)個別のビオトープの目標の選定基準が恣意的である。

個別のビオトープ計画になると、小川と池のビオトープが目標になり、「トンボ、ホタル、メダカ」が目標種になっている例が多すぎる。現在の日本人にとっての自然の記憶に水田景観が重要な位置をしめることからして、湿地のビオトープが目標になりやすいことは心情として理解できるとしても、湧水、絞り水が出ない立地で、保水性のない地質構造の場所に、ゴムシートを敷いて、ポンプアップした水を流す作業にはかなりの無理が伴う。水量が十分でない場合には、汚泥がたまりやすく、掻い掘りのような作業を頻繁に行わなければ、目標種が生息しにくくなってしまう。
こうした、やや不自然な(?)ビオトープづくりも環境教育の見地のからの評価はなされている。日本においては、学校ビオトープを典型とするこうした活動が先行している。
しかし、そろそろ本来の生態系修復を基準とした目標の設定が必要である。